I-Method

改訂版 不法投棄と戦う産廃Gメン奮戦記 第7回

税務調査的帳簿検査


【写真説明】東京都の積替保管場の立入検査 わずかなヤードに持ち込まれた産業廃棄物の大半が、積替保管場を経由して不法投棄現場へと流出していた。その実態は、ダンプの追跡などしなくても、会計帳簿から委託先の許可の有無、委託量、委託料金などを割り出すだけで、簡単に暴くことができた。
 この検査手法の開発が、後のI-Methodの開発につながった。

県外施設への立入検査と帳簿検査

 平成12年の廃棄物処理法によって、廃棄物処理の源流に相当する排出事業者の責任が強化され、不法投棄現場の撤去を命ずることもできるようになった。
 しかし、それ以前には、排出源といえば中間処理施設を意味した。不法投棄の大きな原因のひとつに、中間処理施設のオーバーフロー受託(処理能力を超えた受託)がある。一般には最終処分場が足らないと考えられているが、ほんとうに足らないのは、中間処理能力なのである。
 千葉県の不法投棄現場で発見される廃棄物のかなりの量が、東京都、神奈川県、埼玉県など県外の中間処理施設や積替保管施設などを経由して、県内に流入した廃棄物だった。こうした県外施設からの流入を直接阻止しなければ、下流側の千葉県でどんなに不法投棄を取締っても、イタチゴッコになってしまう。
 そこで99年度に、千葉県の産業廃棄物課では、他都県庁の協力を得て、県外施設立入検査を試行的に実施した。
 県外施設の検査は、県内の不法投棄への関与を証拠書類で立証し、撤去を指導するという、困難な目的を一回の立ち入りで達成しなければならない。何度も県外までに行くわけにはいかないからだ。しかも、県外施設に対しては許可取消などの行政処分をする権限もない。いわば、丸腰での一発勝負になるわけだ。
 この県外施設検査のために考案した方法が、税務調査的手法を取り入れた帳簿検査だった。
 不法投棄といえども、お金を払って頼めば会計帳簿や決算書に載っているはずだというのが、発想の原点だった。さもなければ税務申告の際に経費として落とせないし、不法投棄の費用を社長のポケットマネーで払うことになってしまう。マニフェストは偽装できても、お金は嘘をつかないのだ。
 この手法を完成させるため、最初は県内業者を対象にして、検査の実績を積んでから、不法投棄現場で名前が上がっている県外施設に乗り込んだ。
 戦果は予想以上だった。会計帳簿など見られると思っていなかったのか、ほとんどの処理施設が無防備で、呆れたことに「不法投棄」とはっきり会計帳簿に載せている業者すらあった。マニフェスト(産業廃棄物管理票)の偽装にしても、「判子代」といった名目での計上をよく見かけた。
 経験を積むと、決算書を見ただけで、不法投棄に関与しているかどうかわかるようになった。売上高を処理単価で割って受託量を出し、許可証の処理能力と比較し、オーバーフロー受託(結果として横流し)をしているか、見通しをつけるのだ。この計算をするのに1分とはかからない。売上高に注目するのは、まさにコロンブスの卵だった。
 決算書を見て、これは怪しいと判断すると、チームメンバーにNGのサインを送る。するとメンバーは、何時間かかっても不法投棄の証拠を探そうと気合が入る。これならまあまあかという時にはOKのサインを送る。すると今日は早く帰れそうだということになる。売上高だけでは証拠にならないが、検査の流れを決め、チームの士気を高めるために使うのだ。

心理作戦

 業者が簡単には決算書や会計帳簿を見せてくれない場合もある。この場合は、相手に心理的プレッシャーをかける。
 まず、マニフェストを1年分すべて出させ、積み上げ計算を始める。マニフェスト上の受託量の合計を、品目別あるいは処理内容ごとに求めるのだ。このほか、出せるかぎりの伝票類や日報類も出させて、同じように積み上げ計算をする。これには何時間もかかる。
 その間、わざと一切質問をしない。これが大きなプレッシャーになるのだ。中には、心配そうに「何をやっているんですか」と聞いてくる社長もいるが、計算が終わるまで待てと言って、教えてあげない。
 マニフェストなどの積み上げ計算で、インプット・処理・アウトプット(受託量・処理量・委託量)の関係をつかんでから、処理できなかった廃棄物はどうしたのかと質問する。
「正規の施設に頼みました」と社長が弁明したら、すかさず会計帳簿の記載や請求書・領収書があるだろうと問い詰め、会計書類を提出せざるを得ない状況に追い込むのだ。
 検査時間も重要だ。帳簿検査は5時間が標準だが、相手はそんなに時間がかかる検査を受けたことがないので、疲れ切ってしまう。最長記録は9時間である。ここまで粘ると、最初は拒んでいた書類でも出してくるようになる。

検査の威力

 千葉県最大の不法投棄多発地帯となっていた銚子市周辺地域で、千葉県は、現場で収集した証拠物から不法投棄ルートを解明し、ルートに介在した県外施設に対して、税務調査的手法を活用した立入検査を本格的に実施した。これが大きな効果を発揮し、千葉県が検査に来たら、会社を潰されると噂になった。
実際、検査でつかんだ証拠で許可が取消されたり、受注量が激減して倒産する業者が出たりしたからだ。
 この結果、銚子市周辺地域で活動していたプロの不法投棄組織は、とても商売にならないと、この地域から撤収してしまった。
 環境省は、排出事業者が契約審査を厳密にしたり、処理業者の格付け制度を創設したりすれば、悪質な処理業者を締め出せるとしている。しかし、自治体が、帳簿検査でオーバーフローの実態をつかみ、是正指導していけば、許可業者から無許可業者への横流しを止め、許可証の信頼性を回復することができるのだ。
 こうした検査を全国一斉に実施したら、中間処理能力の不足が表面化することになるかもしれないが、産廃処理システムを正常化するには、自治体の検査能力を高め、許可施設の信頼性を高めていくしかないのである。

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