改訂版 不法投棄と戦う産廃Gメン奮戦記 第10回
【写真説明】硫酸ピッチの無給許可処理施設に保管中のドラム缶(千葉県市原市) 腐食したドラム缶から硫酸ピッチが流出し、あたりには亜硫酸ガス臭が立ち込めている。左側の布袋の中は不正軽油を濾過したときに出る硫酸スラッジ。
千葉県の硫酸ピッチの現状
千葉県は、平成11年度から平成13年度まで、3年連続で不法投棄全国ワースト1位という不名誉な記録を作ってしまったが、現在は、グリーンキャップによる24時間監視パトロールの実施をはじめとする各種の対策の成果もあって、大規模な不法投棄は沈静化しており、汚名を返上したと思っていた。
ところが、環境省が平成15年10月1日現在でまとめた硫酸ピッチの不適正処分で、再び全国ワースト1位となってしまった。全国の不適正処分35363本(ドラム缶換算)のうち8634本が、千葉県内に不法投棄されたり、不法堆積されたりしており、最重要の環境問題となっている。
硫酸ピッチは、主に軽油引取税の脱税を目的とした不正軽油製造施設から排出される、強酸の廃棄物である。不正軽油20キロリットル(タンクローリー車1台)当たり、硫酸ピッチがドラム缶1本(200リットル)排出されると言われており、軽油引取税の税率は1キロリットル32100円だから、全国の不適正処分量は、200億円以上の脱税に相当する。
千葉県で不正軽油の製造と硫酸ピッチの不適正処分が全国一多くなってしまったのは、首都圏に出荷される建設骨材(砂利)や、逆に首都圏から流入する建設残土などの運搬のため、ダンプや建設重機が多いことと関係があると考えられる。
硫酸ピッチのドラム缶一本当たりの正規処理費は5万円前後である。闇ルートを調査してみると、ドラム缶1本2〜3万円でブローカーが請負って倉庫に移動し、廃油と偽って無許可の運搬業者に1万円を切る価格で不法投棄させているケースが多かった。硫酸ピッチだとわかると、値段にかかわらず不法投棄の引き受け手がなく、倉庫に保管されたままになっているものが増えている。不法投棄がやりにくくなったため、自己流のやり方で中和処理した後、外国にアスファルトの増量剤と称して輸出されているものもある。
不正軽油製造施設への立入検査
夜間に不審なタンクローリー車が出入りしているなどの情報が入ると、不正軽油製造施設の近くに張り込んで、証拠を固めてから、警察と消防の協力を得て、県庁関係課(税務課、産業廃棄物課など)と市町村の職員が合同で立入検査を実施する。検査員の総勢は20〜30人になる。検査の結果、違法行為が確認されれば、刑事事件や行政処分に発展する。
不正軽油の製造には、濃硫酸を使用する方法と、使用しない方法がある。濃硫酸を使用する施設には、原料油に使うA重油・灯油のタンク、濃硫酸のタンク、硫酸ピッチを沈殿させたり、濾過材を攪拌したりする製造タンク、不純物を濾過するフィルタープレス、製油のタンクがある。
施設の敷地としては数百平方メートルあれば十分である。廃倉庫や廃工場を借りたり、高い塀で囲ったりして、タンクなどの設備を道路から見えないようにしている施設が多い。発覚したらすぐに移動できるように、製造装置をトレーラーに積んだままの、不正軽油製造キャンプもある。
硫酸ピッチは、原料油に濃硫酸を混ぜて、重油・灯油などの識別色素のクマリンを洗浄するときに発生する。その後、活性炭、石灰、白土(アルミナ粉末)を加えてフィルタープレスで濾過するときに、硫酸スラッジという廃棄物も発生する。こうして製造した不正軽油を「洗浄油」と呼ぶこともある。
濃硫酸を使わない方法は、重油と灯油、軽油と灯油などを混和するだけなので、硫酸ピッチは発生しないが、クマリンが抜けておらず、燃料としての品質が悪い。これを「混和油」と呼ぶこともある。
硫酸ピッチの調査と撤去
野積みされたドラム缶は腐食しやすく、硫酸ピッチが流出している現場には、異臭が立ち込めている。異臭の主な原因は、亜硫酸ガス(二酸化硫黄)である。
倉庫など密閉された空間で、ガスマスクなしで調査をしていて、吐き気がしたり、咳き込んだりして、退避する担当者も少なくない。
ドラム缶の蓋を開けたときが一番危険で、高濃度のガスを直接吸引すると呼吸困難になり、最悪の場合は死亡のおそれもある。
このため、検査を実施する際には、ゴーグル、亜硫酸ガスの吸収剤を装着したガスマスク、化学防護手袋などを準備して、サンプル採取などの作業を行う。
このように硫酸ピッチの調査は、時には生命の危険すら伴う、危険な業務である。
他の不法投棄と同じように、硫酸ピッチの不適正処分も、原因者を究明し、原因者の負担で撤去させるのが原則である。しかし、原因者がわからない場合や、資金がない場合には、行政代執行によって、撤去せざるをえなくなる。
撤去方法としては、ドラム缶が破れている硫酸ピッチは、新しいドラム缶に移し替えて運搬するか、現場で応急的な中和処理を行う。中和には生石灰を使うのが一番簡単だが、中和熱が数百度にもなり、火災の危険がある。
実際、硫酸ピッチの処分を無許可で請け負って自己流の方法で中和処理をしていた千葉県市原市内の作業場で、生石灰による中和熱で火災が発生したこともある。この業者は、後に検挙された。
千葉県君津市にあった不正軽油製造施設跡地に、野ざらしで放置されていた硫酸ピッチ約450本に対して、平成16年3月から開始した行政代執行では、亜硫酸ガスを吸引浄化しながら、発熱が少ない中和剤を使って現場で中和処理する方法を採用した。中和後の硫酸ピッチは、焼却処分される。
環境省は、硫酸ピッチを指定有害廃棄物とし、違法な保管、運搬、処分に対して罰則強化する廃棄物処理法の改正を行った。
また、自治体は、不正軽油の製造を禁止するための抜本的な対策を国に要望しており、京都府では、不正軽油の製造を差し止める命令を出せる条例を制定した。
このように、硫酸ピッチに対する包囲網は、狭まりつつあると言えるが、ドラム缶は、1年足らずで腐食してしまうことが多いため、保管中の硫酸ピッチが、環境中に流出してしまう前に、処理を急がなければならない。
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